義胡府国風土記~旅と外出~

5年間放置していました

プロダンサーKITEさんの九州北部豪雨復興支援イベント~in福岡県朝倉市~


 

少し前に溯りますが2019年3月、大学の同級生達で開催した九州北部豪雨復興支援イベントに微力ながらも協賛させて頂く機会に恵まれ、久しぶりに第二の故郷、福岡まで行って参りました。

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伺ったのは福岡県朝倉市杷木地区。平成29年の豪雨災害の痕跡が今なお散見されるこの街は、九州最大の河川、筑後川が流れる美しい街。原鶴温泉や鵜飼、果物の産地として有名な長閑な街ではありますが、豪雨の被害は甚大で30人近くの方が犠牲となり、今なお数名の方が行方不明となっています。

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災害当日の積乱雲を捉えた写真。まるで原子爆弾のきのこ雲のようで言葉を失いました。撮影されたのは福岡市、同じ県内でもいかに局地的な豪雨災害であったかが伺えます。

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さて、今回のイベントは「朝倉・東峰から世界を目指す子供たちへ」と銘打ち、世界のダンスシーンで活躍するトップダンサー、KITEさんを招いて講演と体験型のワークショップを開催するという試みです。 

※一般の募集などはしていませんでしたので「行きたかった!」というダンスファンの方はごめんなさい。


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こちらがKITEさんいつもやわらかい笑顔の素敵な方です。

 

KITEさんの経歴を簡単に説明すると

 

POPというジャンルのダンスで12年連続世界一に輝くかたわら、三浦大知さんなどのサポートダンサーや企業での講演活動。ノーベル平和賞にもノミネートされているNPO法人・子供地球基金の顧問を務めるなど、ダンスを通じての慈善活動なども行う気鋭のダンスパフォーマーめちゃイケナイナイ岡村と共演された事からご存じな方も多いようです。

大学時代の同級生がKITEさんの講演活動などをマネージメントしている縁で我々の仲間内ではかねてよりKITEさんと交流があり、その人柄に惚れ込んだ杷木地区在住の友人が発起人となり今回のイベントは実現しました。


世界的に活躍する一流アーティストを「友達の友達呼んでくるわ」みたいなノリで招いてしまって大変恐縮に思いましたがKITEさんは「被災地の子供たちの為なら」と半ば手弁当で杷木まで来て頂き、協賛者の末席に座らさせて頂いている身としまして大変光栄に思った次第です・・・汗

 

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イベントは先ずKITEさんの講演から。

普段は世界のダンスシーンで華々しいスポットライトを浴びているKITEさんですが、今回の舞台はどこにでもあるような公共施設のステージ。世界チャンピオンが会場を選り好みしない敷居の低さもKITEさんの魅力です。

 

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自身の経験などを語るKITEさんは実にお喋りが達者。自身の様々な経験を面白おかしく話してくれるので会場も多いに和みます。

 

内容もダンスに関する事ばかりでなく、学生時代に野球少年だった話や家族の話等々・・・

 

一見他愛もないような話。でも、どこを切り取っても深い分析に基づきダンスに結びついている。その逆も然り、ダンスで培った豊富な経験や判断力が日常にフィードバックされている印象。

 

 大変失礼な言い方かもしれないけど決して「ダンス馬鹿」ではない。

 

 もちろんストイックにダンスで成功する事を見据えてこれまで取り組んできただろうし、12年連続世界チャンピオンなのだからダンスに関しては一家言持たれているのは当然の事。でもダンサーKITEの魅力はそのバックグラウンドにある豊富なリベラルアーツ的な部分。何気ない普段の行動が、意図せず心理学や脳科学に基づいているようで、すべての行動と結果が必然の元にダンスでの成功につながっているのだと感じました。

 

今までの自身の経験を語っているだけなのに、その内容は子供から大人まで、勉強やスポーツ、育児や仕事などあらゆる分野で役に立つ。教育論のようでもあり経営論でもあり成功論でもある。そんな感じ。恐らく安いビジネス書や自己啓発本を読むくらいな間違いなくKITEさんの楽しい話を小一時間聞く方が身となり骨となる。

 

更に話を進める中で特に印象に残っているのは、世界を舞台に活躍する上で「笑顔」はとても重要という事をおっしゃっていた事。ダンスバトルのような競技性の高いPOPというジャンルでの活躍は蹴落とすライバルがいての事だし、ましてや12年連続世界一になるという事はダンスの出来栄えよりも先ず「相手に負けない」が大前提の厳しい世界。正直笑っているだけではどうにもならないように思えますが、笑う事で打開できる局面、笑う事で有利になる局面がある・・という事を実際のエピソードを交え語って頂いた。

 

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笑顔には相手を敬う効果もあれば、周囲を味方につける効果もある。そうする事で様々な要素が自分自身に有利に働き、不可能だと思った事が可能になったり、創造力が沸いてきたりする。その結果の積み重ねが12年連続世界一なんだと思います。

 

 

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KITEさんは自分自身の内面に向けられた視点と、他者からどう見られているかという視点が的確で視野が広い。笑顔が大事だという事も、自身のフィジカルやメンタルに笑顔が与える影響を考えた内面的な視点、周囲からどう見られているかという外面的な視点で自分自身を多角的に見つめ分析されている。それが打算的でなく自然だから品格もある。

 

「観客の目の位置に心の目を置く事で自分自身を客観的に見つめる」

 

これは最近たまたま読んだ本に書いてあった、能の開祖“世阿弥”の理論。

伺った話を踏まえると、KITEさんもきっと似たような考えでダンスに向き合っているのではないかと思う(違ったらすいません)。言葉にすると簡単に聞こえなくもないけど、その道を究めた人にしかたどりつけない世界だと思う。

 

講演がひと段落、ダンスを披露するKITEさん

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世界が認めたエンターテイナー、12年連続世界一のダンスが目の前で!しかも無料!

ここは華やかなダンスフェスティバル会場でもない、杷木地域生涯学習センターですよ!

 

ダンスパフォーマンスは踊ったその瞬間に消え続ける芸術作品のようなもの。同じ時間に同じ空間を共有していた人にしか体験できない最高に贅沢なひと時。

 

しかしキレキレのダンスが写真で全く伝わらない・・・涙。

 動画も見事なまでに取り損ねたのでYouTubeの動画を貼っときますね。

 

これも海外の大会でチャンピオンになった時のだと思います。多分


MonstaPop vs Kite FINAL Popping Forever - Summer Dance Forever 2018

指の先まで自由自在に操るような世界レベルのダンスは瞬発力とか筋力とかフィジカル的な要素が何よりも重要だと思っていたけど、KITEさんの話を伺ってからだと脳の仕組みでこのダンスは成立しているのだと思えてきます。

 

どこをどう鍛えたらあんな動きが出来るのか・・・脳みそカスタマイズしないと無理。

 

そしてこの映像をみてもKITEさんは相手のダンサーよりも表情が豊か。得点によって勝負が決まる訳ではないジャンルなので、こうやって自分自身に有利な状況を着々と作っているところは、したたかだな・・・って思う。さっき打算的でないと言ってしまいましたが。

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イベントの後半はダンスのワークショップを開催しましたが、とにかく終始笑顔が絶えない。

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日常の何気ない仕草や遊びをダンスのリズムで・・・ダンスの経験がなくても小さい子供でも楽しめる内容。聞いてるだけでも楽しいKITEさんのワークショップ。

 

上手い下手を分け隔てる事無くすべてを包括して子供たちにダンスのリズムを教えるKITEさんの指導法は「短所に寛容で長所を褒めるスタイル」で子育てとか教育、様々な指導法に応用できるのではなかと思います。


 きっと子供向けでなくとも、成人向け、高齢者向けの内容でも開催出来るというか、KITEさんにはそれだけの引き出しがあるんじゃないかと思うので、これからの幅広い活躍に益々期待です。

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イベントも無事に終了。

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しかし12年連続の世界チャンピオンのKITEさんのダンスイズムをこんなにお気軽に経験できるなんて、理解していないちびっ子は何年後かに「あの時、こんな凄い人に教えてもらったんだ!しかも無料で」と思ってくれればうれしいです。サイン貰っている地元のダンス少年も遠慮なく自慢してください!

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今回は復興支援のイベントという事でしたが、そういう類いの話は特にありませんでした。でも「被災地で何か出来る事を」「自分に出来る事は何か」という様々な人の思いが募り、それが行動に繋がりこのようなイベントを開催する事が出来た事はとても嬉しく思いました。それは、災害の多いこの国では「自分に何が出来るか」という考えや「行動を起こす事」がとても重要だと思うからです。

 

自分自身、東日本大震災西日本豪雨の被災地にボランティアで伺った際に、特に何か知恵もある訳でなく(もちろん金も無い)、瓦礫を片付けるくらいしか役に立てそうにないのに、現地の方に「来てくれただけで嬉しい」と言われて自分自身の行動に自信を持てたことがあります。今でも西日本豪雨の被災地である倉敷市真備地区には定期的に訪れていますが、それも「自分に何が出来るか」という悶々とした思いからくる小さな一歩から始まり今に至っています。

 

今回のイベントも発起人の「自分に何が出来るか?」という小さな思いから始まり、様々な人の「自分には何が出来る?」が積み重なり、12年連続世界チャンピオンの素晴らしい方がやって来て、「自分に出来る事を・・・」とKITEさんは世界レベルのダンスを惜しみなく披露し笑顔の大切さ等を教えてくれた訳です。

 

「自分に何が出来るか」という利他的な考えと笑顔がもたらす幸福なの連鎖で今回のイベントは大成功に終わったと思います。手作り感満載ではありましたが、全てを成功へと導いてくれたKITEさんには本当に感謝です。いつか2回目を開催出来る事と、朝倉の街が復興する事を期待しています。

 

色々とありがとうございました。

 

※KITEさんはその後も大活躍でRed Bull Dance Your Style“のジャパンファイナルで優勝し世界へ挑みます。

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190602-00010000-fineplayv-life&fbclid=IwAR2Vi4raQVFgindpFDXjl-IXpUAAaB_VztTo9H40mme-tUtdOODxef9_A9w

 

 

 

陸前高田の踏切跡で見た、かつての日常の痕跡等々・・・

5年ぶりの復活という事で古い話を掘り起こす事が多くなってしまいますが、昨年の7月に陸前高田に行って来た事を書き記しておきたいと思います。

 

2018年7月某日・・・

陸前高田に向かうBRT

陸前高田に向かうBRT

東日本大震災における津波で甚大な被害に見舞われた陸前高田。この街へ向かう鉄路は復旧を諦め、線路跡をバス専用道に転換したBRTという交通システムで向かいます。

 

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道中の車窓は山越えのルートがメインで震災の被害を目にする事はあまりありませんが、山を越えると所々に遺構や津波への注意を促す看板などが目に付くようになります。


陸前高田を訪れるのは初めてですが、今から15年近く前に三陸海岸沿いを仙台から青森まで北上した際に列車で通りすぎた事があります。道中、気仙沼、大船渡、釜石、久慈など様々な街を通過しましたが、それらの街の記憶は忙しなく乗り換えた駅のホームとか駅前のロータリーくらいなのに、何故かただ通り過ぎただけの陸前高田の記憶が微かに残っている事が今回足を運んでみようと思ったきっかけだったのかもしれません。

 

とはいえ、陸前高田駅は緩いカーブの途中にある駅だった事、一つか二つ先の駅で降車に手間取るお婆さんの荷物を下ろしてあげた事・・・それくらいの記憶しかありません。気仙沼で列車を乗り換えた時に席を確保出来ず、運転席脇のドア近くでボ~っと前面の展望を眺めていたから・・・ただそれだけの事です。

 

■何もかもが流されてしまった陸前高田の街跡を歩く

陸前高田

 

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初めて降り立った陸前高田の街。拙い写真では全く伝わりませんが、バスを降りた瞬間の空の広さは恐らく一生忘れる事が出来ません。

 

延々と広がる更地、ほこりっぽくて黄色い乾いた土の世界。津波に根こそぎ流された街の奥でそびえる山の姿が妙に威容に感じたり・・・15年前の記憶と、今こうして目の当たりにしている光景でリンクするものは何一つありませんでした。

 街が丸ごと消滅する事の恐ろしや虚しに焦点をどこに合わせていいのかすら分からない・・・そんな気持ちになりました。

 

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ここに街があった事すら気が付かずに通り過ぎていく車も少なくないかもしれません。

  

奇跡の一本松

歩いてしばらくすると有名な奇跡の一本松がありました。

陸前高田の象徴である美しい松原はたった一本の松を残しただけで消滅し、残った一本も今はレプリカ。

レプリカであれ、一本だけ残ったこの松は、津波の威力、高さ、恐ろしさを後世に伝え、失われた街の再生に挑む陸前高田の矜持のようでもありました。


周囲は防潮堤工事に出入りする大型ダンプが頻繁に通り過ぎていく。

陸前高田ユースホステル

防潮堤

 陸前高田ユースホステル跡とすぐ横で建設が進む防潮堤。奇跡の一本松はこちらのユースホステル跡にあり、建物の影響で幾分津波の勢いが弱まり一本だけ残る事が出来たと言われています。

 

岡本セルフ陸前高田

一本松を後にすると津波の高さを示すガソリンスタンドの看板が・・・
松の木をなぎ倒して迫る津波の高さはあの看板を覆うところまで達した。

遥か頭上に示される矢印の説得力の高さが恐ろしい。

 

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陸前高田の市街地はは他の被災した主要な街に比べ、人口密集地が海寄りで比較的平坦なように感じます。中心部に高い丘等がある石巻のような街では縦方向への非難の可否に生死の分かれ目が存在していましたが、縦方向への非難が難しいこの街は生死の分かれ目さえも希薄で、容赦なく多くの方々の命を奪ってしまった。


文字にするのも躊躇われる陸前高田の惨状は、風光明媚な松原と砂浜が広がる美しい地形風土が招いたかと思うと本当に自然の摂理というのは無情なものです。

 

■かつて通り過ぎた鉄路との邂逅

陸前高田踏切の跡

かつての踏切の跡

歩いていると震災前の道路がそのまま使用されている区間があり、ある所で車がスピードを緩めているのが気になりました。舗装が荒れているからかなと最初は思ったけれど、近づいてよく見るとそれは踏切の跡。


殆どの車は線路の凹凸で車が弾むのを気にして減速しているのだと思うけど、気になって眺めているとその減速という行為自体がかつての日常の痕跡のように感じました。

 

たまたま下を向いていてアスファルトに埋まった線路に気づき、たまたまやって来た車の何気ない減速から気が付いた、遮断機も警報器も無い小さな踏切の痕跡。

 

見過ごして素通りしてもおかしくなかったのに「かつてここに列車が走り、すぐ近くには駅があって、当たり前の様に人々が暮らしていた。そして15年前にお前はここを通過していった・・・」誰かが教えてくれたような不思議な邂逅でした。

 

そして少し先の駅で荷物を下ろすのを手伝ったお婆さんの事を思い出しました。

 

震災遺構として保存が決まった数件の建造物以外かつての市街地の名残を留めるものは極めて少ないこの街で、「踏切でスピードを落とす」という日常の痕跡が過去の街の面影をかろうじて今に伝えているようで、このままこの踏切が嵩上げによって埋められてしまうのはなんだか惜しい気がしてなりませんが、それはよそ者の勝手な感傷なので仕方がありません。

 

少し高台に移動して眺める陸前高田の市街地跡・・・
訪れてから1年経つのでもうあの踏切跡は既に土に埋もれてしまったかもしれません。
多くの方が亡くなった悲しい思いも、美しい記憶も、埋められてしまうと思うと切ない気にもなりますが、広大な造成地のようなこの光景は一見殺風景なのかもしれませんが世界で一番頑張っている街の挑戦する姿であり、陸前高田に限らず東北沿岸で延々と続く「もういちど街を作り直す」という光景は世界に誇るべきもので、今、日本人が見ておくべき光景ではないかとも思いました。

 

綺麗に復旧された地区では今まで目にした光景とは対照的な雰囲気で明るい兆しも随所に見受けられました。復興には清濁色々あり色々と困難も待ち受けているかもしれないけど、またいつかこの街がどうなったかを確かめに訪れたいと思います。陰ながら応援しています。

5年間放置していました。

 

「皆様 こんにちは」

このブログを読んでいる人なんてこの世にもういないのかもしれませんが、5年間放置していた拙ブログ。突然復活の投稿です。

なぜ5年も放置したのかというと、特に理由もないのですが多少仕事でバタバタしていたというのもあるかもしれません。

ではこれから豊富なネタ満載で楽しいブログをお届け出来るかというと、頻繁に更新する事は保証は出来ませんが、5年間の間に溜まったネタを小出しで投稿しつつ、最近の動向などをUP・・・という形になるかなと思います。

放置以前は八重山諸島や離島、北海道の絶景スポット等々分かりやすくバえるようなスポットに足を運んだりしましたが、この5年の間に心境の変化があったのか足が向くスポットも以前と多少変わったかもしれません。そんな変化をうまい事お届けできればと思います。

たまにコメントを頂くくらいで何の影響力もないブログで「待ってました!」という声が聞こえてくるわけもありませんが、世間の片隅に埋もれた状態からの復活をあまり期待しないで見守ってくれたら嬉しいです。

※記事の書き方、写真のUPや調整の仕方などもすっかり忘れているので既に先が思いやられています。