義胡府国風土記~旅と外出~

5年間放置していました

「災害ボランティアとゲストハウスは親和性が高いって本当?」倉敷“有隣庵”と西日本豪雨災害ボランティア。

安っぽいネット広告のようなタイトルですが、この一年、西日本豪雨の被害に見舞われた岡山県に度々足を運び、微力ながらも被災された方々のお手伝いをさせて頂きました。デリケートな地域に足を運んだので写真などはむやみに撮影しておらず、上手く伝えられるか分かりませんが書き記しておこうと思います。

◆◆忘れられた被災地、笠岡市での活動

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長閑な田園ですが一面浸水したそうです。

最初は東北の被災地や鬼怒川の氾濫の際にお世話になった愛知ボランティアセンターの活動に参加して笠岡市に2回ほど伺い、その後は個人的に倉敷市真備地区で活動をしました。

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住宅はむやみに撮影出来ないが、周囲のほぼ全てが床上まで浸水している。

 

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ぱっと見痕跡はありませんが所々土砂が堆積していました。

当時の報道では、数千戸が浸水し、自衛隊による救助や、道路脇に積み上げられた被災ゴミの様子など、ビジュアル的にインパクトのある真備町に関するものが圧倒的に多く、笠岡市や周辺の矢掛町などは全く報道もされず、笠岡市ではボランティアセンターを立ち上げても初日は数名しか来なかった・・・という事でした。

 

「人も物も報道も関心も真備ばっかり」という雰囲気でしたが、ボラセンの責任者の方が言うには、浮いたタンスの上で二日間立ったまま救助を持った高齢者がいたりと、世間の関心が薄い地域であっても被害は甚大で、地獄絵図のようだったと教えてくれました。

 

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他人のお宅の床に穴を空けるのは思いの他勇気がいります。

笠岡では床下に潜っての泥出しなどを行いましたが、身長が高いと床下で思うように身動きが取れず、酸素も心なしか薄く感じるので思っている以上に恐怖を伴う作業でした。

 

最初はたった半日の活動時間でどれほどの事が出来るのだろうと途方に暮れていましたが、素人のパワーもあなどれないもので、活動した二日とも与えられた任務以上の事をやり遂げる事が出来、家主の方にも多いに喜んで頂く事が出来たので、一同安堵の胸を撫で下ろして名古屋に戻って来る事が出来ました。

 

◆◆倉敷のゲストハウス有隣庵と被災地真備地区

その後、笠岡市のボランティアセンターも役目を終えて発展的に閉鎖したというのは風の噂に聞いたのですが、真備の状況はどうなのだろうかと色々調べていると、まだまだボランティアを受け入れているという事でした。去年(2018年)の9月頃の話です。

 

2回も笠岡に行ったので懐具合も寒い状況だったのですが、倉敷~名古屋は夜行バスも有り、比較的安価な値段で往来する事が出来、更に調べるとボランティア用に安い値段で宿泊出来るプランを提供しているゲストハウスを見つけ、個人として被災地に入る事にしました。1回の交通費と宿泊費が1万円に満たないのはありがたかったです。

 

 

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個人的に拠点となったゲストハウスは有隣庵という古民家を改築した素敵な宿でした。倉敷の象徴、美観地区にあり、災害ボランティア後には観光気分も味わえる立地。本来であれば100%旅人向けのお洒落ゲストハウスに泥臭い災害ボランティアが宿泊するのは少し躊躇いがあったのも事実ですが、スタッフのホスピタリティが素晴らしく心置きなく活動させて頂く事が出来ました。

夜になるとカフェからゲストハウスに姿を変えるバットマンのような宿ですがスタッフはみなフレンドリーで、被災からしばらくはボランティア拠点までの送迎までも担って頂き頭が下がる思いでした。

 

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最初のボランティアセンター(活動終了後なので閑散としている)。

初めて真備のボランティアに参加したのは2018年の9月。当時は新幹線の新倉敷駅の近くにボランティアセンターがあり、そこで簡単な説明とチーム分けをしバスに乗って向かうという流れで真備町に向かっていました。チーム分けと言っても、5脚ごとに設置されたパイプ椅子に座った5人がその日のチーム。経験値も性別も体力も関係無し、なんとなく投げやりなチーム分けに思いますが、全く問題無く活動する事が出来ました。

 

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ボランティアなのに色々ともてなして頂き、スタッフの方の献身さも活動の原動力になりました。

被災から2か月近く経っていましたが、まだボランティアは一日数百人ほどが訪れていました。それでもボランティア参加者の数はだいぶ少なくなった・・・という事で、最盛期には一日に数千人が参加していたという事でした。

 

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「皆、真備ばかりに行ってしまう」

 

笠岡で聞いた言葉が頭の中に残っていたし、連日数千人が訪れていたのだから、大方片付いているのかなと思っていたのですが、実際に真備の街に足を踏み入れてみると、道路わきに山のように積み上げられていた被災ゴミは見当たらなくなってはいたものの、どの家も床や壁が剥がされたハリボテ状態。全ての家が生気の無い感じで何だかパラレルワールドに紛れ込んでしまったかのようでした。

 

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閑散として埃っぽい真備の街。写真では伝わらない異様な雰囲気でした。


 津波や土砂災害で家も街も丸ごと流されてしまうような災害もつらいけど、ある程度の段階からは重機を使って更地にしてから復興に取り掛かる事が出来る。けれども今回の真備の水害はそういう事が出来無い。家はあるけど2階にすら住めない・・・復興に取り掛かろうにも更地にする訳にもいかず、多くの手間と人出を必要とするのでとにかく時間が掛かる。不謹慎かもしれませんが自分が被災者だったらいっそのこと濁流で家ごと流されてしまった方が楽で良かったと思ってしまうかもしれない・・・・それほど真備の浸水被害は稀有で甚大、よくある大雨の浸水被害とはスケールが違いすぎると感じました。

 

例えるならば津波や土砂災害は外傷、真備の水害は質の悪い長患いのようです。

 

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堤防の決壊、越水箇所がいたるところにありました。

被災ゴミが壁のように道路わきに積み上げられている光景は目にしなくなりましたが、まだそのまま部屋に残っているお宅もあれば、庭にそのままのお宅もあります。初日に有隣庵で一緒になったボランティアの方は、2階で浸水したピアノを下に降ろすという業者並みのミッションを行ったという事で、這う這うの体で帰って来て「死ぬほど重かった」とぐったりしていましたが、完遂出来た充実感も感じているようでした。

   

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この風景が一面2階までの高さまで浸水した

2018年は9月、10月、11月と3回ほど活動させて頂きました。だいたい5人一組でチームを組んで被災者のお宅に向かうのですが、ボランティア経験の豊富な人の方が少なく、自分以外の全員が初めてのボランティアというケースが多々ありました。でも振り返るとそのようなチームの方が、己の力不足を自覚しているので皆さんよく話を聞き、事あるごとに話し合うのでむしろ作業がはかどる感じでした。

 

逆に経験豊富な人がいると勝手にどんどん進めてしまい、さっきやった所を作業したりする等無駄が生じ、話し合わないので組織が硬直化していく感じがして、まるで会社組織のようでした(個人の感想です)。

 

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皆素人ですが、ボラセンから与えられる道具が適切でありがたかったです。

 

結局のところボランティアに経験値はあまり関係が無く、よく休憩してよく話し合うのが最も大切だと思います(休憩は本当に大事!!)。もしボランティアに興味があるのに「何だか大変そうだな」「やった事ないから難しそうだな」と思っている方がいたら、全くそういう事はなくむしろ未経験者求む!ですので、躊躇せず是非参加して欲しいと思います。女性の方も体力に自信が無くても被害に遭われた方(特に高齢者)の話に耳を傾ける傾聴活動なんかも立派なボランティアです、問答無用で力仕事を任されるわけではないので是非興味のある方は挑戦して欲しいと思います。

 

※但し、ボランティアに参加する際は必ず現地の社会福祉協議会が開設するものに参加する事をお勧めします。信頼できる民間の団体もありますが、不透明な寄付金や現地のニーズを把握せずむやみやたらに物資を集め、本当にそれ被災地持ってくの?な団体もありますので公的機関のものに参加する事を強くお勧めします。東日本大震災や熊本自身の際など交付金補助金目当てに暗躍した団体もあるし、知らず知らずのうちに火事場泥棒に加担している事は避けなければいけません。

 

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こういう現場にはボランティアは行かない。楽そうだけど。

 

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秋頃になるとボランティアの人数は少なくなってきましたが、それでも有隣庵に泊まれば何人かは自分と同じようにボランティアの為に訪れている人がいて一緒に活動させて頂きました。

 

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昼の有隣庵。夜は第二形態のゲストハウスに変化しますが外観はこのままです。

 

ボランティアは1泊2000円という破格の値段で宿泊を提供して頂いた有隣庵。被災から1年と少しが経ちますが、多くのボランティアがこのゲストハウスを拠点にして真備で活動し被災地復興の為に汗を流しました。

 

有隣庵がボランティア活動の敷居を下げ、参加しやすい環境を整えてくれた事は、多くの人に知ってもらいたい立派な被災地支援であり、後方支援とはいえその貢献度は計り知れないと思います。

 

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ガラッと扉を開けるとすぐ共有スペースがある有隣庵。

そんな有隣庵は旅人からも評価が高いのは言わずもがな。国内ばかりでなく海外からも毎日多くの人が宿泊していました。古民家だけに情緒は満点、ゲストハウスなので相部屋になるのですが、本来であれば快適ではないと思われがちの相部屋雑魚寝でさえも最高に心地よく感じてしまうのは、ひとえにスタッフのホスピタリティ力の高さでもあると思います。

 

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共有スペースが入り口に近いゲストハウスは居心地が良い(タカギ調べ)

昼間、被災地で汗を流し、夜は海外からの旅人と片言ですらない英語で互いの文化を語り合う貴重な経験はゲストハウスならではでした。

 

特にフランス人と同宿になる事が多く、ボランティアの話をすると「他人の為にそんな事をする文化はフランスに無い」ような事を言われましたが、翻訳アプリがどこまで正しいのか分からないので全く違う事を言っていたのかもしれません。

 

でも「こいつ変わってんな」みたいな反応であったのは確かです。

 

因みに「有隣」という言葉の意味を調べると「徳のある人の周囲には同類のものが自然に集まる事」とありました。名は体を表す・・・様々な人々の人生が一瞬交差する、本当に素敵なゲストハウスだと思うし、ボランティアのニーズが無くなってもまた訪れる事が出来ればと思います。

 

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◆◆年が明け、2019年再び被災地へ。

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真備への足、井原鉄道。近代的なローカル線で快適。


もう一度話を被災地に戻すと・・・冬は仕事が忙しいのでボランティアはお休みでしたが、春になって再び伺う事にしました。前回のブログで紹介した3月のKITEさんのイベントの前日にも真備で活動してから福岡に向かいました。

http://takagikofu.hatenablog.com/entry/kite ☜KITEさんのイベント

 

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未だに集積場は被災ゴミの山

まもなく災害から一年が経つという初夏の頃でも、床や壁を剥がしたり、汚れた壁を拭いたりと、初めて参加した際と変わらない内容の活動が続いていました。それはボランティアを頼む事を知らなかった高齢者や、何とか自分たちで頑張って来たけど、とうとう手に負えなくなってボランティアを頼んだという方がいたという事でした。情報は必ずしも平等に伝わらないし、ボランティア=素人なので信用できないという認識もあったのだと思います。

 

又、春先は倉庫や蔵の片づけという案件が続いた事も印象的でした。水害が起こり先ず優先されるのは住居。当然、蔵や倉庫は後回しにされます。

 

男九人がかりで丸々二日間かけてようやく片付ける事が出来た農家の蔵は、2階にまで物がギッシリ詰まっているばかりが、四十年分の新聞を捨てずに保管していて、それらが10か月近く水に浸かったまま放置されているという地獄絵図。最近もう一回別途被災したのではないかと思うようなあり様で、蛇やネズミが出てくる腐ったようなゴミの山から出土するスポーツ新聞の見出しが「カープ優勝(恐らく古葉監督の時代)」「元木プロ入り1号」だったりと時空さえも歪んだ中での作業でした。

 

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田舎の倉庫は様々なものが出土する。1973年の手帳(未使用)

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90歳のお婆さんが所有者の倉庫。もうだいぶ片付いたの図。

6月に担当した依頼主が90歳のお婆さんの案件も倉庫の片づけでしたが、わざわざ朝我々に挨拶に来てくれて心にグッとくるものがありました。

 

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90歳のお婆さんが所有者の倉庫。ピカピカの図。

正直なところ6月の段階で、もう真備に来るのはこれが最後でいいかなと思っていたのですが、90歳のお婆さんの姿を見てしまうと、まだまだ手が回っていない現場があるのではないかと思い、とことん最後までやってみようと考えを改め、その後も7月、8月、9月と足を運びました。

 

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被災から1年以上経ってもこの状態・・・

9月になるとさすがにボランティアの依頼も少なくなってきているようでしたが、最後に伺ったお宅は床も壁も無い有様でした。ここからは我々素人の出番ではなく業者の役目なのだと思うけど、果たしてすぐに取り掛かってくれるのか、そう思うとまだまだ道半ば、門外漢ではあるけれど途方に暮れてしまいそうです・・・・

 

 現状は9月の訪問が最後、今後訪れるかは未定ですが、こんなに多く真備で活動するなんて夢にも思っていませんでした。普段世の中の生産に全く関わっていないような仕事をしているのですが、少しでも世間に貢献できる活動をしたいという思いがあるのは確かなのですが、自分でも想定外だと感じますが時間とお金の使い方としては悪くはないかな・・・と思っています。

 

それもこれも全て有隣庵のおかげで安価で倉敷に滞在出来たからなのですが、災害ボランティアと安価で宿泊出来るゲストハウスは思った以上に親和性が高く、今後も被災地支援や被災地復興に役立つケースがあるのではないかと思います。

 

 

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実は千葉にも行っている。

実はつい先日も台風15号の被害に見舞われた千葉県に行って微力ながら活動させて頂きました。安い宿泊料で何泊もして招かざる客だったかもしれませんが、せめてもの罪滅ぼしとして千葉の被災地で恩返しをさせて頂きました。

 

そして有隣庵で一緒に活動したボランティアの方も何人かが既に千葉に入って活動しています。災害ボランティア×ゲストハウスは財布に優しい復興支援。少しでも多くの支援の輪が広がればいいなと思います。

 

そしてまた倉敷には近いうちにお邪魔します。

 

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次回はもう少し綺麗な写真でお届け予定

 

※ついでに倉敷岡山の素敵なスポットやクセのあるスポットを紹介しようと思いましたが、相変わらず簡潔に書けない悪い癖で長々なってしまったのでまた「次回に続く!」という事で今回はこの辺で。 

プロダンサーKITEさんの九州北部豪雨復興支援イベント~in福岡県朝倉市~


 

少し前に溯りますが2019年3月、大学の同級生達で開催した九州北部豪雨復興支援イベントに微力ながらも協賛させて頂く機会に恵まれ、久しぶりに第二の故郷、福岡まで行って参りました。

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伺ったのは福岡県朝倉市杷木地区。平成29年の豪雨災害の痕跡が今なお散見されるこの街は、九州最大の河川、筑後川が流れる美しい街。原鶴温泉や鵜飼、果物の産地として有名な長閑な街ではありますが、豪雨の被害は甚大で30人近くの方が犠牲となり、今なお数名の方が行方不明となっています。

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災害当日の積乱雲を捉えた写真。まるで原子爆弾のきのこ雲のようで言葉を失いました。撮影されたのは福岡市、同じ県内でもいかに局地的な豪雨災害であったかが伺えます。

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さて、今回のイベントは「朝倉・東峰から世界を目指す子供たちへ」と銘打ち、世界のダンスシーンで活躍するトップダンサー、KITEさんを招いて講演と体験型のワークショップを開催するという試みです。 

※一般の募集などはしていませんでしたので「行きたかった!」というダンスファンの方はごめんなさい。


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こちらがKITEさんいつもやわらかい笑顔の素敵な方です。

 

KITEさんの経歴を簡単に説明すると

 

POPというジャンルのダンスで12年連続世界一に輝くかたわら、三浦大知さんなどのサポートダンサーや企業での講演活動。ノーベル平和賞にもノミネートされているNPO法人・子供地球基金の顧問を務めるなど、ダンスを通じての慈善活動なども行う気鋭のダンスパフォーマーめちゃイケナイナイ岡村と共演された事からご存じな方も多いようです。

大学時代の同級生がKITEさんの講演活動などをマネージメントしている縁で我々の仲間内ではかねてよりKITEさんと交流があり、その人柄に惚れ込んだ杷木地区在住の友人が発起人となり今回のイベントは実現しました。


世界的に活躍する一流アーティストを「友達の友達呼んでくるわ」みたいなノリで招いてしまって大変恐縮に思いましたがKITEさんは「被災地の子供たちの為なら」と半ば手弁当で杷木まで来て頂き、協賛者の末席に座らさせて頂いている身としまして大変光栄に思った次第です・・・汗

 

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イベントは先ずKITEさんの講演から。

普段は世界のダンスシーンで華々しいスポットライトを浴びているKITEさんですが、今回の舞台はどこにでもあるような公共施設のステージ。世界チャンピオンが会場を選り好みしない敷居の低さもKITEさんの魅力です。

 

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自身の経験などを語るKITEさんは実にお喋りが達者。自身の様々な経験を面白おかしく話してくれるので会場も多いに和みます。

 

内容もダンスに関する事ばかりでなく、学生時代に野球少年だった話や家族の話等々・・・

 

一見他愛もないような話。でも、どこを切り取っても深い分析に基づきダンスに結びついている。その逆も然り、ダンスで培った豊富な経験や判断力が日常にフィードバックされている印象。

 

 大変失礼な言い方かもしれないけど決して「ダンス馬鹿」ではない。

 

 もちろんストイックにダンスで成功する事を見据えてこれまで取り組んできただろうし、12年連続世界チャンピオンなのだからダンスに関しては一家言持たれているのは当然の事。でもダンサーKITEの魅力はそのバックグラウンドにある豊富なリベラルアーツ的な部分。何気ない普段の行動が、意図せず心理学や脳科学に基づいているようで、すべての行動と結果が必然の元にダンスでの成功につながっているのだと感じました。

 

今までの自身の経験を語っているだけなのに、その内容は子供から大人まで、勉強やスポーツ、育児や仕事などあらゆる分野で役に立つ。教育論のようでもあり経営論でもあり成功論でもある。そんな感じ。恐らく安いビジネス書や自己啓発本を読むくらいな間違いなくKITEさんの楽しい話を小一時間聞く方が身となり骨となる。

 

更に話を進める中で特に印象に残っているのは、世界を舞台に活躍する上で「笑顔」はとても重要という事をおっしゃっていた事。ダンスバトルのような競技性の高いPOPというジャンルでの活躍は蹴落とすライバルがいての事だし、ましてや12年連続世界一になるという事はダンスの出来栄えよりも先ず「相手に負けない」が大前提の厳しい世界。正直笑っているだけではどうにもならないように思えますが、笑う事で打開できる局面、笑う事で有利になる局面がある・・という事を実際のエピソードを交え語って頂いた。

 

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笑顔には相手を敬う効果もあれば、周囲を味方につける効果もある。そうする事で様々な要素が自分自身に有利に働き、不可能だと思った事が可能になったり、創造力が沸いてきたりする。その結果の積み重ねが12年連続世界一なんだと思います。

 

 

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KITEさんは自分自身の内面に向けられた視点と、他者からどう見られているかという視点が的確で視野が広い。笑顔が大事だという事も、自身のフィジカルやメンタルに笑顔が与える影響を考えた内面的な視点、周囲からどう見られているかという外面的な視点で自分自身を多角的に見つめ分析されている。それが打算的でなく自然だから品格もある。

 

「観客の目の位置に心の目を置く事で自分自身を客観的に見つめる」

 

これは最近たまたま読んだ本に書いてあった、能の開祖“世阿弥”の理論。

伺った話を踏まえると、KITEさんもきっと似たような考えでダンスに向き合っているのではないかと思う(違ったらすいません)。言葉にすると簡単に聞こえなくもないけど、その道を究めた人にしかたどりつけない世界だと思う。

 

講演がひと段落、ダンスを披露するKITEさん

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世界が認めたエンターテイナー、12年連続世界一のダンスが目の前で!しかも無料!

ここは華やかなダンスフェスティバル会場でもない、杷木地域生涯学習センターですよ!

 

ダンスパフォーマンスは踊ったその瞬間に消え続ける芸術作品のようなもの。同じ時間に同じ空間を共有していた人にしか体験できない最高に贅沢なひと時。

 

しかしキレキレのダンスが写真で全く伝わらない・・・涙。

 動画も見事なまでに取り損ねたのでYouTubeの動画を貼っときますね。

 

これも海外の大会でチャンピオンになった時のだと思います。多分


MonstaPop vs Kite FINAL Popping Forever - Summer Dance Forever 2018

指の先まで自由自在に操るような世界レベルのダンスは瞬発力とか筋力とかフィジカル的な要素が何よりも重要だと思っていたけど、KITEさんの話を伺ってからだと脳の仕組みでこのダンスは成立しているのだと思えてきます。

 

どこをどう鍛えたらあんな動きが出来るのか・・・脳みそカスタマイズしないと無理。

 

そしてこの映像をみてもKITEさんは相手のダンサーよりも表情が豊か。得点によって勝負が決まる訳ではないジャンルなので、こうやって自分自身に有利な状況を着々と作っているところは、したたかだな・・・って思う。さっき打算的でないと言ってしまいましたが。

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イベントの後半はダンスのワークショップを開催しましたが、とにかく終始笑顔が絶えない。

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日常の何気ない仕草や遊びをダンスのリズムで・・・ダンスの経験がなくても小さい子供でも楽しめる内容。聞いてるだけでも楽しいKITEさんのワークショップ。

 

上手い下手を分け隔てる事無くすべてを包括して子供たちにダンスのリズムを教えるKITEさんの指導法は「短所に寛容で長所を褒めるスタイル」で子育てとか教育、様々な指導法に応用できるのではなかと思います。


 きっと子供向けでなくとも、成人向け、高齢者向けの内容でも開催出来るというか、KITEさんにはそれだけの引き出しがあるんじゃないかと思うので、これからの幅広い活躍に益々期待です。

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イベントも無事に終了。

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しかし12年連続の世界チャンピオンのKITEさんのダンスイズムをこんなにお気軽に経験できるなんて、理解していないちびっ子は何年後かに「あの時、こんな凄い人に教えてもらったんだ!しかも無料で」と思ってくれればうれしいです。サイン貰っている地元のダンス少年も遠慮なく自慢してください!

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今回は復興支援のイベントという事でしたが、そういう類いの話は特にありませんでした。でも「被災地で何か出来る事を」「自分に出来る事は何か」という様々な人の思いが募り、それが行動に繋がりこのようなイベントを開催する事が出来た事はとても嬉しく思いました。それは、災害の多いこの国では「自分に何が出来るか」という考えや「行動を起こす事」がとても重要だと思うからです。

 

自分自身、東日本大震災西日本豪雨の被災地にボランティアで伺った際に、特に何か知恵もある訳でなく(もちろん金も無い)、瓦礫を片付けるくらいしか役に立てそうにないのに、現地の方に「来てくれただけで嬉しい」と言われて自分自身の行動に自信を持てたことがあります。今でも西日本豪雨の被災地である倉敷市真備地区には定期的に訪れていますが、それも「自分に何が出来るか」という悶々とした思いからくる小さな一歩から始まり今に至っています。

 

今回のイベントも発起人の「自分に何が出来るか?」という小さな思いから始まり、様々な人の「自分には何が出来る?」が積み重なり、12年連続世界チャンピオンの素晴らしい方がやって来て、「自分に出来る事を・・・」とKITEさんは世界レベルのダンスを惜しみなく披露し笑顔の大切さ等を教えてくれた訳です。

 

「自分に何が出来るか」という利他的な考えと笑顔がもたらす幸福なの連鎖で今回のイベントは大成功に終わったと思います。手作り感満載ではありましたが、全てを成功へと導いてくれたKITEさんには本当に感謝です。いつか2回目を開催出来る事と、朝倉の街が復興する事を期待しています。

 

色々とありがとうございました。

 

※KITEさんはその後も大活躍でRed Bull Dance Your Style“のジャパンファイナルで優勝し世界へ挑みます。

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190602-00010000-fineplayv-life&fbclid=IwAR2Vi4raQVFgindpFDXjl-IXpUAAaB_VztTo9H40mme-tUtdOODxef9_A9w

 

 

 

陸前高田の踏切跡で見た、かつての日常の痕跡等々・・・

5年ぶりの復活という事で古い話を掘り起こす事が多くなってしまいますが、昨年の7月に陸前高田に行って来た事を書き記しておきたいと思います。

 

2018年7月某日・・・

陸前高田に向かうBRT

陸前高田に向かうBRT

東日本大震災における津波で甚大な被害に見舞われた陸前高田。この街へ向かう鉄路は復旧を諦め、線路跡をバス専用道に転換したBRTという交通システムで向かいます。

 

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道中の車窓は山越えのルートがメインで震災の被害を目にする事はあまりありませんが、山を越えると所々に遺構や津波への注意を促す看板などが目に付くようになります。


陸前高田を訪れるのは初めてですが、今から15年近く前に三陸海岸沿いを仙台から青森まで北上した際に列車で通りすぎた事があります。道中、気仙沼、大船渡、釜石、久慈など様々な街を通過しましたが、それらの街の記憶は忙しなく乗り換えた駅のホームとか駅前のロータリーくらいなのに、何故かただ通り過ぎただけの陸前高田の記憶が微かに残っている事が今回足を運んでみようと思ったきっかけだったのかもしれません。

 

とはいえ、陸前高田駅は緩いカーブの途中にある駅だった事、一つか二つ先の駅で降車に手間取るお婆さんの荷物を下ろしてあげた事・・・それくらいの記憶しかありません。気仙沼で列車を乗り換えた時に席を確保出来ず、運転席脇のドア近くでボ~っと前面の展望を眺めていたから・・・ただそれだけの事です。

 

■何もかもが流されてしまった陸前高田の街跡を歩く

陸前高田

 

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初めて降り立った陸前高田の街。拙い写真では全く伝わりませんが、バスを降りた瞬間の空の広さは恐らく一生忘れる事が出来ません。

 

延々と広がる更地、ほこりっぽくて黄色い乾いた土の世界。津波に根こそぎ流された街の奥でそびえる山の姿が妙に威容に感じたり・・・15年前の記憶と、今こうして目の当たりにしている光景でリンクするものは何一つありませんでした。

 街が丸ごと消滅する事の恐ろしや虚しに焦点をどこに合わせていいのかすら分からない・・・そんな気持ちになりました。

 

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ここに街があった事すら気が付かずに通り過ぎていく車も少なくないかもしれません。

  

奇跡の一本松

歩いてしばらくすると有名な奇跡の一本松がありました。

陸前高田の象徴である美しい松原はたった一本の松を残しただけで消滅し、残った一本も今はレプリカ。

レプリカであれ、一本だけ残ったこの松は、津波の威力、高さ、恐ろしさを後世に伝え、失われた街の再生に挑む陸前高田の矜持のようでもありました。


周囲は防潮堤工事に出入りする大型ダンプが頻繁に通り過ぎていく。

陸前高田ユースホステル

防潮堤

 陸前高田ユースホステル跡とすぐ横で建設が進む防潮堤。奇跡の一本松はこちらのユースホステル跡にあり、建物の影響で幾分津波の勢いが弱まり一本だけ残る事が出来たと言われています。

 

岡本セルフ陸前高田

一本松を後にすると津波の高さを示すガソリンスタンドの看板が・・・
松の木をなぎ倒して迫る津波の高さはあの看板を覆うところまで達した。

遥か頭上に示される矢印の説得力の高さが恐ろしい。

 

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陸前高田の市街地はは他の被災した主要な街に比べ、人口密集地が海寄りで比較的平坦なように感じます。中心部に高い丘等がある石巻のような街では縦方向への非難の可否に生死の分かれ目が存在していましたが、縦方向への非難が難しいこの街は生死の分かれ目さえも希薄で、容赦なく多くの方々の命を奪ってしまった。


文字にするのも躊躇われる陸前高田の惨状は、風光明媚な松原と砂浜が広がる美しい地形風土が招いたかと思うと本当に自然の摂理というのは無情なものです。

 

■かつて通り過ぎた鉄路との邂逅

陸前高田踏切の跡

かつての踏切の跡

歩いていると震災前の道路がそのまま使用されている区間があり、ある所で車がスピードを緩めているのが気になりました。舗装が荒れているからかなと最初は思ったけれど、近づいてよく見るとそれは踏切の跡。


殆どの車は線路の凹凸で車が弾むのを気にして減速しているのだと思うけど、気になって眺めているとその減速という行為自体がかつての日常の痕跡のように感じました。

 

たまたま下を向いていてアスファルトに埋まった線路に気づき、たまたまやって来た車の何気ない減速から気が付いた、遮断機も警報器も無い小さな踏切の痕跡。

 

見過ごして素通りしてもおかしくなかったのに「かつてここに列車が走り、すぐ近くには駅があって、当たり前の様に人々が暮らしていた。そして15年前にお前はここを通過していった・・・」誰かが教えてくれたような不思議な邂逅でした。

 

そして少し先の駅で荷物を下ろすのを手伝ったお婆さんの事を思い出しました。

 

震災遺構として保存が決まった数件の建造物以外かつての市街地の名残を留めるものは極めて少ないこの街で、「踏切でスピードを落とす」という日常の痕跡が過去の街の面影をかろうじて今に伝えているようで、このままこの踏切が嵩上げによって埋められてしまうのはなんだか惜しい気がしてなりませんが、それはよそ者の勝手な感傷なので仕方がありません。

 

少し高台に移動して眺める陸前高田の市街地跡・・・
訪れてから1年経つのでもうあの踏切跡は既に土に埋もれてしまったかもしれません。
多くの方が亡くなった悲しい思いも、美しい記憶も、埋められてしまうと思うと切ない気にもなりますが、広大な造成地のようなこの光景は一見殺風景なのかもしれませんが世界で一番頑張っている街の挑戦する姿であり、陸前高田に限らず東北沿岸で延々と続く「もういちど街を作り直す」という光景は世界に誇るべきもので、今、日本人が見ておくべき光景ではないかとも思いました。

 

綺麗に復旧された地区では今まで目にした光景とは対照的な雰囲気で明るい兆しも随所に見受けられました。復興には清濁色々あり色々と困難も待ち受けているかもしれないけど、またいつかこの街がどうなったかを確かめに訪れたいと思います。陰ながら応援しています。