義胡府国風土記~旅と外出~

5年間放置していました

日本で唯一の生ハムをイタリアはパルマと同じ空気の中で頂いてきた。


先日東京から大学時代の友人がやって来て、岐阜県の山合いにある洞戸という小さな街まで行ってきました。何故そんなところに出かけたかというと、友人の高校時代の同級生が洞戸で生ハムを作る工房を営んでおり、見学に同行させてもらったという訳です。

職人をされているのは多田昌豊さんという方で、イタリアのごく僅かな地域でしか生産されていない“パルマハム”という生ハムを製造する技術を現地で学び、帰国後、日本で唯一同じ製法でのハム造りをされている凄い方。

※因みにパルマハムと名乗れるのはイタリアの指定された地域で育てられた豚を使い、指定された地域で定められた製法で作られたものだけ。なので多田さんが造られるハムは、本場のパルマハムと何ら変わらない製法、クオリティであっても形式的にはパルマハムでは無いので“ペルシュウ”と呼ぶらしい。


川の音が心地よい山あいの小さな集落に多田さんの生ハム工房“BON DABON”はありました。ペルシュウを日本で造るには、イタリア・パルマ地方と同じ空気が必要との事で、多田さんはパルマ地方と良く似た環境の地域を探す為に日本中を走り周った結果、ここ洞戸にてハムを作る事にしたんだそうです。



早速、中に案内して頂くと、まるで研究施設のような清潔で近代的な空間が広がっています。


伺うまでは職人のハム工場って事なのでログハウスみたいなのを勝手に想像していたけど思いのほか機能的な作りで意外でした。このエリアでは詳しく写真は撮っていないけど、細かく仕切られた部屋の中では各工程に進んだ肉達が吊るされ熟成されています。



ペルシュウを造る工程をざっと説明すると

肉を塩漬けにする(殺菌・味付け・水分の除去)→塩を取り除く→熟成する為の乾燥・・・

という手順になるらしく、完成まで二年近くを要するらしい(もの凄いざっくりした説明ですが間違ってたらすいません)。



しかもペルシュウは塩だけで味付けされ、その他は何も使用しないというとてもシンプルなものらしく、それだけ聞くと、新巻鮭のようにずっと軒下に吊るしておけばいいのでは?と思うかもしれないけどもちろんそうはいかない。ハムになる肉達は多田さんの経験に基づき温度や湿度をコントロールされつつ、適切なタイミングで適切な環境の部屋に移されながら熟成をしていくのです。

非常に長いスパンで造り上げていくものであっても、のんびりと構えているのではなく、肉達が長い眠りについている間も研ぎ澄まされた職人の感覚で肉の変化を感じ取って様々な事をしないといけないのだと思う。




最終的に肉達が辿り着く地下室では、眠りについている肉達が所狭しと吊るされていて圧巻です。



豚としての命は何ヶ月も前に終いえたのかもしれないがここに眠る肉達には何か違う命が宿っている感じがしてならない。



多田さんが睡眠に例える熟成という工程。眠っている肉たちの艶やかな表面はまるで寝息を立てているかのようだ。



吊るされているのはタダの肉の塊ではなく、命を持った生き物のように一つ一つ表情があって、何だか静かに見つめられているよう。



この時の空気はお寺で仏像を眺めている時と似ていて、法隆寺とか三十三間堂で仏像に囲まれじっと見入っている時のような心境というか「何だか神々しい」そんな感じ。



最初はその神聖な雰囲気と、非常にデリケートな事をされている一画という事で、べらべらと喋っていいのか?咳き込んで空気が汚れて品質がとんでもない事になったりはしないか?と内心ひやひやしていましたが、多田さんの様々な説明を聞いているうちに、くだらない話をして大笑いをしたりとすっかり場は和んでいました。


その後肉達に変な反応が現れてなければいいのですが・・・・



今回はHPで使う写真の撮影も兼ねていたので見学の合間に色々と撮影。
撮影は大学の同級生、東京で活躍するカメラマンのM田さんが担当です。
工房内は基本白衣着用なのですが、マスクと帽子で誰よりもM田さんが関係者っぽかった・・・



自分は畑違いなので指をくわえて見物しつつ、撮影してるとこの撮影。




多田さんもプロフェッショナルだけど、M田さんもプロフェッショナル。
色々考えて、あれこれ提案して仕事を進めていく・・・・時には寝そべりながら。



肉達を頭上に掲げるのは同じく同級生のK川氏。

こうやって上方の空気をハムに吸わせるのはペルシュウを熟成するうえで最も大切な工程のひとつ・・・ではなく


肉越しのペルシュウイメージカットの撮影。

因みに彼の高校時代の同級生が多田さん。こうやって異なる年代の同級生が一つのところに集まって色々作業するのは不思議だと言っていたけど、縁もゆかりもない岐阜の山中で福岡の大学の同級生が3人集まってるのも十分不思議だった。それぞれの出身も福岡、東京、横浜、浜松と誰一人岐阜と縁がない。




肉の検査をするところ撮って貰おうという事になり多田さんが白い鋭利な何かを持って来た。これは馬のすねの骨を削ったもの。



どう使うかというと、こうやって刺して肉の匂いを検査するんだそうです。

これはパルマハム協会の決まりで、現地ではこの骨で刺して匂いを検査し、パスしたものしかパルマハムとして認められないらしい。



本来この検査は、外部の検査官(パルマハム協会みたいなとこから来るみたい)が行うのですが、多田さんはイタリア以外では唯一パルマハム製造技術を有する職人さんなので、日本までその検査官が来る事が出来ません。そこで多田さんは本場のパルマハム協会よりも厳しい基準で自らチェックをし鑑定を行っているのだそうです。

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検査をクリアするとこのような焼き印を押され、晴れてペルシュウの完成となります。

職人の技術と経験とプライドが詰め込まれた証の焼き印・・・

食品が出来上がったのではなく、芸術作品が一つ出来上がったかのようで、焼き印の王冠はどこが誇らしげに映りました。





そんな多田さんは大学時代に食べたパルマハムの美味しさに衝撃を受け、パルマハム職人になる事を決意したそうです。僅かな現金だけ持って何のつても無いイタリアに渡り見事その夢を叶えたという弾丸のような行動力と意思の持ち主。



右も左も分からない、言葉も分からない・・・・そんな環境に身を投げ、一人前の職人になるまでには色々と苦労があったようですが、様々な方が手を差し伸べてくれ道が開けていった話はとても興味深かった。多田さんの人柄ならそれは決して偶然ではなく必然だったはずで、明確な意思と目標を持った人はどんな状況に陥っても必ず前に進んでいけるのだなと思った。(脳内BGMは再び“プロフェッショナル仕事の流儀"のスガシカオ)

色々な苦労話を聞かせて頂きましたが、常に素敵な仲間が周りにいたことがとても印象的でした。



そして日本に帰ってこの洞戸の地でBONDABONを開業した訳ですが
工場を一から作るとこからスタートし、ハムを造るにあたっては豚の選別から屠蓄作業(解体)まで自ら行うという超人的なバイタリティーで突き進みこの地でペルシュウを造っている訳です・・・

もう凄すぎて凄いとしか例えられない。本当に凄い。

実際にイタリアでも一人でそこまでやっちゃう職人は皆無なんだそうです。




大変あつかましいのですが、その場で切り分けて頂いたペルシュウをこれでもかというほど頂いて参りました。

食べるのを躊躇ってしまうほど美しく上品な輝きを放つペルシュウ・・・・

一口食べた時、言葉が出なかったです・・・・
何だか風味が複雑すぎて味覚のゲシュタルトが崩壊したんような感覚でした。
塩でしか味付けしてないんだから、当然塩味だろうと思って口にしたものの、今まで感じた事のない風味が脳内を駆け巡りしばらく考え込んでしまいました。

生ハム経験値はドトールミラノサンドAでしかないのでそれも仕方あるまいです。


もちろん“美味しい”と言いたいのです。でもそんな言葉は口から出てこないというか、多田さんの積み重ねて来たもの、豚達から命を引き継いだ肉達の経た長い歳月を思うとそんな安易で平易な言葉で例えるのが躊躇われる気がしました。

乏しいボキャブラリーの中から適切な例えを必死になって探しても“芳醇な”とか“芳香な”とかソムリエが言いそうな手垢の付いた表現しか思い浮かばなかった。


なので最初に口にしたのは“凄い”だったような気がします。今思い起こしてもあの複雑な余薫は脳内を漂っています・・・


さっき切ったハムもちょっと時間を置くと風味は変わって味も微妙に変わると多田さんは言っていました。短時間の間で見た目も微妙に変化するそうです。
同じ肉でも切り立てを食べるのと発送されてきたものを食べるのではまた違うみたいです。




是非是非、一人でも多くの人にBONDABONに足を運んで頂き、多田さんの造ったペルシュウを食べて貰いたいと思います。多田さんの情熱と、パルマと洞戸の空気と、長い眠りの間に様々に変化していった肉達の命が絡み合った風味を実際に味わってみてください。


考え込んでしまうほどの美味しさですが、例える言葉が出てこなかったら“BON DABON!”と叫びましょう。

“BON DABON”はパルマ地方の方言で「とても美味い!」という意味だそうです。



かわいいスタッフもじっと待っています。

BON DABON HP→http://bondabon.com/

*1:多田さんは本場のパルマハムと同じ製法でハムを作っているけれど、パルマハムはイタリアの指定された地域で作ったものしか名乗る事は出来ないので、多田さんは自らが造られるハムを“ペルシュウ”と呼んでいるとの事です。